2022年8月11日に亡くなられた森英恵さん。
戦後復興期から世界を舞台に活躍されました。
日本のファッション界の一時代を築いた方でもあります。
今回はそんな森さんの若い頃の画像やブランド設立の経緯などをご紹介します。
森英恵のプロフィール

- 名前:森英恵(もり はなえ)
- 生年月日:1926年1月8日
- 出身地:島根県
- 職業:ファッションデザイナー
- 死没:2022年8月11日(96歳 死去)
経歴
生い立ち

森さんは島根県鹿足郡六日市町(現在の吉賀町)の生まれです。
5人兄弟で、兄・兄・姉・森英恵さん・妹で森さんは次女として育ったそうです。
父親は山口の医師の家系に生まれ、大阪で医学を修めた後に島根県で開業医となる。
自身が着る服や姉妹が着る服などを大阪の高島屋や東京の三越からメールオーダーで取り寄せる程、服装には気を遣われていたようです。
母親は編み物や裁縫が得意だったようです。
幼少期からデザイナーとしてのDNAを受け継いでいたんでしょうね。
小学生4年の2学期の時に、現在の「杉並区立桃井第三小学校」に転入します。
その後、1938年に「東京府立第十一高等女学校(現在は東京都立桜町高等学校)」に入学。
1943年に同学校を第一期生として卒業します。
15歳の時に太平洋戦争がはじまる

森さんが15歳の時に太平洋戦争が始まってしまいます。
その為、森さんも昼は勤労奉仕の為、工場で働くようになります。
父親は兄弟全員を医者にしたかったようで、他の兄弟も医者の道を選ぶ中、森さんだけは違ったようです。
父親からは「自立するのであれば、医師になるか、そうでなければお嫁さんになること」と言われていたようなんだとか。
そんな反対する父親を押し切って、先述した「東京女子大学高等学部」に進学し、国文学を学んだそうです。
1947年には同大学を無事卒業します。
そして翌年の1948年には元陸軍主計少佐・森賢さんと結婚します。
「ひよしや」設立までの経緯

森賢さんと結婚後は賢さんの実家の家業である繊維会社を手伝うことになったそうです。
ですが、専業主婦としての生活に飽きてしまい、結婚3か月で「ドレスメーカー女学院」に通う様になります。
ここが森英恵さんのデザイナーとしての第一歩となるんですね!
実はこの時妊娠していたそうですが、妊娠中も学校に通っていたそうです。
その後出産・子育てをしながら、服作りにのめり込んでいきます。
1951年「ひよしや」設立

ドレスメーカー女学院を卒業後の1951年に「ひよしや」を開店します。
ひよしやは木造2階建てで、1階には靴屋さんだったんだとか。
ひよしやは日本では珍しいショーウィンドーを設置したことで、噂がすぐ広まり連日多くの人が森さんの作った服を求めにやってきたそうです。

その後、森さんは石原裕次郎さんが出演した「太陽の季節」で衣装を担当したことがきっかけで映画会社からの依頼が殺到します。
なんと10年間で200本以上の映画の衣装を手掛ける有名デザイナーとして支持されていく事になりました。
海外コレクションを発表

1954年には銀座にブティック&サロン「ハナエ・モリ」をオープンします。
そして1965年にニューヨークで初の海外コレクションを発表。
蝶をモチーフにした女性的でエレガントなドレスが受け、「マダム・バタフライ」と呼ばれ、ファッション界の話題となりました。
その後、ニューヨークで好評を受けてパリ・コレクションにも進出することになります。
1977年にはフランス・オートクチュール協会からアジア人として初めて会員として認められました。

それからはハナエモリのロゴと蝶のマークを冠したライセンス商法をスタートさせます。
タオルや魔法瓶、トイレのスリッパに至るまで事業を広げ、ファッションビジネスの未来を切り開いたと評価されました。
制服のデザインも手掛けた

1983年にはMKタクシーの制服のデザインを製作し、2005年10月までの22年間も使用されたようです。
1988年には美空ひばりさんの復活コンサートでの衣装と紫綬褒章を受賞。
1992年ではバルセロナ五輪日本選手団のユニフォームをデザインしています。

1993年には皇太子妃雅子の結婚の儀の際に着用したローブ・デコルテをデザイン。
1996年には文化勲章も受賞しています。

そして2004年7月7日、パリでA/Wオートクチュールコレクションを最後に引退します。
同年9月9日に、東京・新国立劇場にて最後のショーを行いました。
その後2008年に法人内の高等学校において制服デザインも手がけている学校法人都築学園の「都築学園グループ評価・再生委員会」の委員となります。
そして多くの中学校や高等学校の制服のデザインも手掛けています。
【画像】若い頃から美人
森英恵さんの生い立ち・ブランド設立などの紹介をしましたが、若い頃の森英恵さんの若い頃が綺麗だと話題になっています。
若い頃の森さんの画像を紹介したいと思います。

お孫さんの森泉さんに少し似ていますね。
こちらの着用している洋服はパリで作ったシャネルのスーツなんだとか。

お洒落なヘッドアクセサリーですね。


にっこりと笑う姿は可愛いですね。



くっきり二重でぱっちりとした目が印象的です。

今では違和感のない模様ですが、当時は少し大胆な柄だったのではないでしょうか。

「マダム」という雰囲気が似合う森英恵さんですね。
まとめ
いかがでしたか?
2022年8月11日に亡くなった、森英恵さんの若い頃の画像や生い立ちなどを紹介しました。
森英恵さんのデザインしたものを一度は目にした事がるあるのではないでしょうか?
日本のファッション界に影響を与えた素晴らしい人です。
ご冥福をお祈り申し上げます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。