LiLiCoはいつからプロレスラーだった?なぜ始めたのかきっかけもご紹介

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先日プロレスラーを引退されたLiLiCoさん。

プロレスラーだったの?!という驚いたのは私だけではないはずです。

プロレスラーより映画コメンテーターのイメージが、かなり強かったので驚きました。

プロレスラーになったきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

今回はデビューから引退までについて調べてみました。

目次

LiLiCoプロフィール

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  • 名前:LiLiCo(リリコ)
  • 生年月日:1970年11月16日
  • 出身地:スウェーデン・ストックホルム
  • 身長:168cm
  • 血液型:A型
  • 所属:プランチャイム

LiLiCoさんは父親がスウェーデン人、母親が日本人のハーフです。

18歳の頃、日本に住む祖母を頼りに、単身で来日。

28歳の時には独立され、CMナレーターなども経験されています。

その際の雑誌インタビューで映画を紹介したことがありました。

それがTBSのプロデューサーの目に留まり、「王様のブランチ」に映画コメンテーターとしてレギュラー出演を果たしたそうです!

2017年には「純烈」メンバーの小田井涼平さんと結婚。

結婚式は故郷のストックホルムで挙式をあげられました。

プロレス始めたきっかけ

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実はプロレスになろうと思っていたのは20年ほど前からだそうです。

2014年には、プロレスリングのリングアナとして活動されていました。

2015年6月28日のDDT後楽園大会に来場してプロレスラーデビューを直訴し、8月23にデビューしています。

44歳でのプロレスラーデビューをされました。

長年の夢をかなえたLiLiCoさん。素敵ですね!

当時は王様のブランチのコメンテーターをしながらプロレスにも出場されていたそうです。

DDTプロレスリングとは・・・
1997年に設立された日本のプロレス団体で、DDTは「ドラマチック・ドリーム・チーム(Dramatic Dream Team)」の略。

プロレス出場試合と成績

プロレス
  • 2015年8月デビュー戦:「両国ピーターパン2015〜DDTより愛をこめて〜」アジャ・コング&大石真翔組に敗北
  • 2016年1月DDT後楽園大会:赤井沙希に勝利しアイアンマン王座を獲得
  • 2016年3月DDT両国大会:大石真翔に卍固めで勝利。アイアンマン王座を防衛
  • 2016年4月DDT後楽園ホール:赤井沙希に敗れアイアンマン王座から陥落
  • 2016年5月DDT後楽園ホール:スーパーササダンゴマシンに勝利し、EXTREME級王座を獲得。
  • 2017年8月DDTプロレス:『両国ピーターパン2017〜ピーターパン 二十歳になっても ピーターパン〜』初代『KO-D10人タッグ王座』を獲得。
  • 2022年3月DDT両国大会にてプロレスラーとしての引退試合

獲得したタイトル

プロレス
  • DDT EXTREME級王座:1回(第36代)
  • アイアンマンヘビーメタル級王座:2回(第1009代、第1071代)
  • KO-D10人タッグ王座:1回(初代)

必殺技

  • クロスボディーアタック
  • 卍固め
  • 股間投げ

ちなみに、入場曲はスウェーデンのロックバンドEUROPEの曲「The Final Coutdown」

引退試合の様子

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2020年8月に転倒して左膝蓋(しつがい)骨を骨折し、プロレス活動の継続を断念したLiLiCoさん。

引退試合は2022年3月20日に東京・両国国技館で行われたDDTプロレス『Judgement2022~DDT旗揚げ25周年記念大会~』第5試合「LiLiCo引退試合」が行われました。

引退試合では、夫の小田井さん、プロレスラー・彰人とトリオを組み、DDTの“ハレンチ軍団”フェロモンズと対戦。

最後はディーノに膝十字固めを決められてしまいLiLiCoさんがギブアップ。

試合時間は16分52秒。

結果は惜しくも敗れてしまいました。

試合後の会見では

「悔しいけど、やりきった。デビューした会場と同じ所で引退試合ができて、夫と共に戦えて光栄です」

と話してました。

引退試合はLiLiCoさんらしく笑いあり、涙ありの試合だったそうです。

まとめ

いかがでしたか?

タレントや映画コメンテーター以外にプロレスラーの一面があったLiLiCoさん。

なんでも一生懸命に取り組む姿が素敵なLiLiCoさん。

これからの活躍も応援しています。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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